隈研吾さんに聞く、建築家から見る観光施設:「楽天トラベルカンファレンス2024」

〈ゲストプロフィール〉1954年生。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。40を超える国々でプロジェクトが進行中。自然と技術と人間の新しい関係を切り開く建築を提案。主な著書に『日本の建築』(岩波新書)、『全仕事』(大和書房)、『点・線・面』(岩波書店)、『負ける建築』(岩波書店)、『自然な建築』、『小さな建築』(岩波新書)、他多数。

2024年2月7日(水)、「楽天トラベル」の登録宿泊施設の皆様に向けて、「Rakuten Travel Conference 2024」(楽天トラベルカンファレンス2024)をオンライン形式で開催しました。

まずは、三木谷のメッセージでカンファレンスが開幕。「楽天モバイル」と生成AIを活用することで、順調に回復するインバウンド需要を後押しし、皆さんのビジネスを拡大させるような、新たな取り組みを推進すると述べました。

また、「楽天トラベル」登録施設向けの戦略共有会では、各分野の責任者より現在の状況や取り組みをお伝えしたほか、続く分科会では、インバウンド集客の秘訣、AIの活用、昨年「楽天トラベル」で新しく実装した機能の活用方法についてご紹介しました。

なかでも大きな注目を集めたのは、日本を代表する建築家・隈研吾(くま・けんご)さんとの特別対談企画です。木材をふんだんに使用した建築で広く知られる隈さんの作品は、オフィスや商業施設、飛行機の機内客室、美術館から神社仏閣に至るまで、日本全国で目にすることができます。今回は、宿泊施設も数多く手がける隈さんに、観光業界と建築の深い関係性についてお話を聞きました。

本記事では、隈さんとの対談の模様をダイジェスト版にてお届けいたします。聞き手はトラベル&モビリティ事業 事業長の髙野芳行です。

日本が誇る建築家・隈研吾を魅了する、“そこにしかないもの”

——隈研吾さんは、建築家として宿泊施設の設計や改修にも数多く携わっていますが、ご自身はどんな宿泊施設に魅力を感じますか。

隈: 僕は流行に左右されない“One and Only”(唯一無二)なものに感動を覚えます。土地への造詣が深くて誇りを持っている人、土地の記憶を丁寧に読み解ける人が設計することによって、自ずと“そこにしかないもの”が生まれてくると考えています。

——そんな宿泊施設を実現するためには、建築家とどのようなやりとりを心がけたらいいでしょうか。

隈: デザインの良し悪しはもちろんのこと、まずは人選びが大切です。些細なことでも指摘したり提案し合える関係性が構築できそうな建築家を選んだ方がいいですね。細部の完成度の積み重ねが全体の良さにつながっていくので、対等に言い合える関係性を築くことは非常に重要なことなんです。最初のアイディアを撤回したり、変更したりすることをかっこ悪いと思う必要はありません。僕の経験上、変化したものほど良いものに仕上がります。

——隈さんの出世作でもある『石の美術館』(栃木・那須)においても、完成までに計画の変更はありましたか。

隈: ええ。発注者である白井石材さんからの最初の依頼内容は、古い石蔵の保存と活用のために、「飾り棚」のようなものを作ってくれないかということでした。でも現地に行ってみると、僕は蔵の正面のスペースが非常に気に入ってしまい、そこも含めた蔵の改装を提案しました。白井さんと現地の職人と僕で意見を交わしながら計画の変更を繰り返した結果、約6年の月日を掛けて、美術館として完成させました。

——そんな石の美術館を目当てに栃木へ観光に行く旅行者がいるように、観光業と建築物の深い関係性は「ビルバオ現象」としてよく知られています。誘客につながる建築物を実現するヒントがあれば教えてください。

隈: 一度は衰退したスペインのビルバオという都市が『ビルバオ・グッゲンハイム美術館』の設立によって再び活性化した事例から、建築物には街の印象を変えるほどの力があることを世界は学習しました。

コミュニティを盛り上げる建築設計のためには、現地コミュニティと一緒に作り上げようとする姿勢が不可欠だと考えています。僕が“市民の集まれる場所”として複合型施設『アオーレ長岡』(新潟・長岡)を設計したのも、地元の人と深く接することで問題がクリアになり、自分ごととしてリアルに響いたからだったんです。

「借景」という考え方:建築×風景や歴史のサステナビリティ

——昨今、観光業界においてもサステナビリティ(持続可能性)は重要なキーワードとして深く認知されてきていますが、歴史的に見ると、日本の建築は環境や土地と上手に調和しているものが多く、世界的にも評価されていると仰っていました。もう少し具体的に伺えますでしょうか。

隈: そうですね。建築だけでなく、“ものを大事にする”、“無駄をなくす”という、日本古来の考え方が再評価されています。現在順調に回復している日本のインバウンド需要の背景には、サステナビリティの精神を学びたいという想いが隠れているのだと僕は考えています。

——宿泊施設となる建築物にサステナビリティな視点を取り入れるには、どのような試みが有効でしょうか。

隈: 日本には「借景」(しゃっけい)という外部空間の使い方があります。これは、外にある美しい自然を、(窓などを介して)建築の一部として取り込むことです。外にある自然をうまく見せる建築を作ると、お金をふんだんに掛けなくてもすてきなものができると思いますよ。

一方で『石の美術館』の場合、周りは民家ばかりですから借景するのは難しい。ただ、同館の目の前が旧奥州街道なんです。松尾芭蕉が歩いた『おくのほそ道』の風情を生かすべく、旧奥州街道と接続するように同館の中庭を開放して設計しました。これはいわば“歴史の借景”と言えるかもしれません。こうした昔ながらの知恵を見直してみるのはいかがでしょうか。

——また、『広重美術館』(栃木・那珂川)も、サステナビリティの観点から注目すべき建築物と言えますね。同館は、地元の資材を使っていますが、なぜ地元の石材や和紙を使おうと思われたのですか。

隈: 裏山に生えている八溝杉(ヤミゾスギ)を使うことで建物にエピソードを与えることが重要と考えました。インターネットの力で人の想いが大きく拡散されるこの時代性を意識してサステナビリティとエピソードをうまくかけ合わせられたら、きっとよいものになると思います。

魅力的な建築のために「僕は“リスクを取れるリーダー”でありたい」

——隈さんの仕事への向き合い方の一つに“長距離走で考える”というものがあります。単体では赤字の案件でも、それをきっかけにして中長期的に成長するという考え方ですね。

隈: 短期的な利益だけを獲得しようとすると、個性的な仕事には携わりにくくなってしまうんです。例えば、中国・北京の『竹の家』の事例がそうでした。提示された設計料は、交通費込みでなんと100万円——。最初はただ唖然としました。けれど、そんな時でもすぐに断ったりせず、一度持ち帰るようにしているんです。後日冷静に考えた結果、引き受けることにしました。完成後は、中国経済に強く関係しているカナダやオーストラリアにまで、僕の名前が知れわたることになりました。

——加えて『竹の家』の建築時には、竹の資材が注文した幅に揃っていないトラブルにも見舞われたそうですね。けれど「自然物だから」と受け入れてそのまま使用したと聞きました。

隈: 標準的なやり方しか認められなくなってしまうと、ものづくりは突如としてダメになってしまいますからね。昔の日本の建設業界は、リスクが取れるオヤジだらけで、魅力的な建築物にあふれていました。今の日本には“標準的なものから外れる勇気”を持っている大人が少なくなってきていると感じます。

だから僕は、社内で“リスクを取れるリーダー”でありたい。ですから社員が失敗しても、リスクを背負った上での失敗だったら基本的には責めないようにしています。一方でリスクを取らない判断をして失敗した社員には厳しいですね。

——隈さんが率いる事務所には様々な国籍の方が在籍していますが、それぞれの良さを生かすためにどんなことを意識していますか。

隈: 基本的には話し合いですね。ただ、スペインから来た社員がいて、現地の習慣で昼休憩を3時間も取るんです(笑)。でも彼らの習慣や文化を日本のやり方に画一化する必要はないと思っていて、仕事の成果で見てあげることが重要だと思っています。

——では最後に、ご覧いただいている皆様にメッセージをお願いします。

隈: 日本の観光業は、これからこの国を支える要となる存在です。経済だけでなく、文化も担う大切なものだと僕は信じています。そうした気概や自信を持って、これからもお仕事を続けていただけたら嬉しく思います。

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