「カーボンニュートラル」とは英語で、Carbon(炭素)、Neutral(中立)。簡単に言えば、人間活動によって排出されたCO2など炭素系の温室効果ガスの排出量と植林・森林管理などによる吸収量を同量になるようにし(中立)、温室効果ガス排出量を(全体として)「実質ゼロ」にすることを意味します。
2050年までにCO2排出量をゼロにする「脱炭素」社会を実現することが世界の共通目標となっていますが、CO2の排出量ゼロをすぐに、かつ全て実現するのはなかなか難しいものです。そこで、どうしても削減が難しかったり、すぐに削減することが難しかったりする
排出分に対し、何らかの手段を使って「実質ゼロ」になるよう削減する仕組みが「カーボンニュートラル」です。
1.「カーボンニュートラル」と「カーボンオフセット」、「ネット・ゼロ」との違い
5.日本も「2050年カーボンニュートラル宣言」その取り組みとは?
カーボンニュートラルに似た用語に「ネット・ゼロ」「カーボンオフセット」があります。「ネット・ゼロ(net zero)」も、排出量を吸収量で相殺して排出される温室効果ガスを全体としてネット(正味)ゼロにするという仕組みで、一般的にはほぼカーボンニュートラルの同義語として使われています。
「カーボンオフセット」は、カーボンニュートラルを実現するための手法の一つで、簡単にいうと、CO2排出量に見合った活動に対し投資をしたり、削減分のクレジット(※1)を購入したりすることによって、埋め合わせ(オフセット)し、排出される温室効果ガスを全体として実質ゼロとする取り組みです。商品・サービスやイベントなどに関係して排出されるCO2量に対し、植林活動や省エネによって排出抑制されることで創出されるクレジットを同量分購入=カーボンオフセットすることによって、カーボンニュートラルや、ネット・ゼロをはかる事例がみられます。
カーボンオフセットについて詳しくは、「カーボン・オフセットとは?仕組みや個人でもできる取り組みを解説」をご覧ください。
ではなぜ、カーボンニュートラルが必要なのでしょうか。1992年6月には、ブラジルのリオデジャネイロで「地球サミット」が開催され、各国による「国連気候変動枠組み条約」への署名が開始となり、1994年に発効されました。発効後の1995年に、ドイツのベルリンで気候変動枠組条約第一回締約国会議が開催され、先進国の温室効果ガス排出削減義務を強化することなどが議論されました。1997年には、気候変動枠組条約第三回締約国会議で「京都議定書」が採択されました。
2015年、京都議定書の後継として、温暖化対策に関する国際的な枠組み「パリ協定」が採択され、世界の気温上昇を産業革命前と比べて「2℃を十分下回り、できれば1.5℃に抑える」という目標が合意されました。これは人類、野生生物、生態系が甚大な被害を回避するために達成しなくてはいけない世界共通の目標です。
温暖化を含む地球上で発生している環境問題について詳しくは、「環境問題とは?いま起こっている主な問題と私たちにできること」をご覧ください。
2018年にはIPCC(The Intergovernmental Panel on Climate Change, 気候変動に関する政府間パネル)から、人類の安全と健康のために1.5℃未満に抑えることを強く訴える「1.5℃特別報告書」が出されました。その理由は1.5℃と2℃の間には大きな差があることにあります。たとえば、熱波に襲われる人の人数は2℃になると約17億人増え、サンゴ礁は1.5℃上昇で70〜90%減少、2℃上昇でほぼ全滅すると予測されています。この目標を達成するためには、2030年までにCO2排出量を約45%削減(2010年比)し、2050年頃には温室効果ガスの排出量を実質ゼロにしなければいけません(※2)。
これを契機に、カーボンニュートラルを目指す動きが世界的に加速しました。2022年10月時点では、カーボンニュートラル達成のコミットメントを出している国は139か国、世界全体の排出量の83%をカバーしています。(※3)
また、2021年に開催された気候変動枠組条約第二十六回締約国会議に先立って、国連のアントニオ・グテーレス事務総長のよびかけによって、ネットゼロ・コアリション(Net-zero Coalition)が設立されるなど世界レベルでカーボンニュートラルを推進するさまざまな動きが加速しています。
カーボンニュートラルは、2015年に国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ(SDGs)」とも深い関連性があります。SDGsとは、わかりやすくいうと、2015年に国連サミットで193の加盟国により、全会一致で採択された国際社会共通の目標のことです。カーボンニュートラルとは特に目標13「気候変動に具体的な対策を」と目標7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」と深い関連性があります。
目標13では、気候変動の緩和策を進めると同時に、自然災害への対応などの適応策、対応能力の強化を求めています。また目標7では、エネルギー効率を高めながら世界全体で再生可能エネルギーの割合を高めること、開発途上国が再生可能エネルギーなど持続可能性の高いエネルギーにアクセスできるよう支援すること、などが掲げられています。
再生可能エネルギーについて詳しくは、「再生可能エネルギーとは?特徴や種類などわかりやすく解説」をご覧ください。
特に関連性が高いのは目標13「気候変動に具体的な対策を」と目標7「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」ですが、17ある目標の8割ほどが気候変動対策に関連しているとする考え方もあります(※4)。例えば、食品ロスの半減は、食品の製造・流通段階で発生するCO2のロス=無駄の削減となり、これは目標12の「つくる責任、つかう責任」にもつながります。目標15「陸の豊かさも守ろう」で掲げられた森林減少の阻止・植林の増加の取り組みはCO2の吸収源の確保、拡大につながります。
つまり、カーボンニュートラルはSDGs達成をはかる上でも欠かせない取り組みなのです。
では、カーボンニュートラルを実現するためには何をすればいいのでしょうか。ここでは実現のために具体的にすべきこと、またその仕組みについて見ていきます。
まずは、CO2排出量の削減が先決です。世界的にカーボンニュートラルのコミットメントが増加している現状とは裏腹に、2021年のCO2排出量は世界で363億トンと過去最高を記録し、パリ協定の目標から遠ざかっているのが現状です(※5)。削減努力を怠ると、同量のカーボンオフセットも必要になり、さらなる資金や労力が必要になります。
CO2排出削減はもうやり尽くしているのではないか、と思う方もおられるかもしれませんが、日本においても、住宅やビルなどの建築物の省エネ性能の向上や電気・燃料電池自動車の普及、廃棄物削減などまだまだできることはあります。自然環境保護団体、WWFジャパンは、産業構造の変化に加え、こうした主要産業におけるエネルギー効率の向上、省エネ性能の高い建築物の増加、電気自動車へのシフトなどにより、2050年までに最終エネルギー消費量は3割減が可能(2015年比)とする試算を出しています(※6)。
次に重要なのは、CO2の発生源となるエネルギーを脱炭素、つまりCO2を発生しないものに代えることです。2030年を目標に脱石炭火力を実現することに加え、太陽光や風力、水力、波力、地熱、バイオマスといった再生可能エネルギーに代替することが重要です。いずれも発電時にCO2は排出されませんが、設置の際には周囲の自然環境への影響配慮が大切です。また、建築端材などの木材、サトウキビやトウモロコシのような作物、生ごみなどを燃料とするバイオマス発電は、森林破壊につながるパーム油由来のものが含まれる場合があり注意が必要です。
水素エネルギーも、燃焼時にCO2が発生しないエネルギーとして注目されています。ただし、水素自体を製造する際にCO2が発生する場合があるため、本当に水素エネルギーの使用にCO2が発生していないか注意が必要です。たとえば、石炭や天然ガスなどの化石燃料から水素を製造する工程では大量のCO2が排出されます(グレー水素)。化石燃料から製造し、製造時に発生したCO2を土の中に貯留する仕組みもあります(ブルー水素)が化石燃料を使用しており、CO2を排出することには変わりありません。再生可能エネルギーを使い水から水素を製造する場合は製造時のCO2の排出もありません(グリーン水素)が、現段階ではグレー水素やブルー水素に比べてコストが高く、普及への壁になっています。
カーボンニュートラルを達成する上で排出されたCO2を人為的に回収・除去するのが「ネガティブエミッション」です。具体的には植林やブルーカーボン、バイオ炭など生物や土壌の力を借りるもの、排出した炭素を回収して地中深くに埋める二酸化炭素回収・貯留をするCCSのように化学的な技術によってCO2を除去する仕組みの二つがあります。
森林は光合成によってCO2を吸収するだけでなく、貯蔵する力があります。そのため、植林することによって森林面積を増やすことはCO2の削減につながります。ただし、気候変動によって森林火災が増えれば、森林に貯蔵されていたCO2が放出され、森林がCO2の排出源になることもあります。また、手入れが不十分になると吸収力が弱まります。そのため、森林をしっかりと保全することが重要です。森林吸収量をカーボンクレジット(削減量)として販売する仕組みもありますが、中には森林が保護されず森林面積が減少していたケースもあり、質の確保が問われています。
海の植林と合わせて注目されているのがブルーカーボン、わかりやすくいうと、アマモなどの海草やコンブやワカメなどの海藻、マングローブなど沿岸海域に生息する生態系によって吸収されるCO2です。世界全体で排出されるCO2の12.5%にあたる量を森林が吸収(グリーンカーボン)していますが、海洋生物が吸収している(ブルーカーボン)割合は30.5%にもおよびます(※7)。しかし、マングローブ林の約5割が過去50年で消失するなど、ブルーカーボンの吸収源となる生態系は危機にさらされています。CO2の吸収源としての可能性を秘めたブルーカーボン生態系をいかに保全していくかが課題となっています。
バイオ炭(Biochar)の農地施用とは、木や竹、籾殻(もみがら)などを炭にすることによってCO2を固定し、それを土壌に散布もしくは埋設することによって炭素を閉じ込める(貯留する)仕組みを意味します。2019年には気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によって固定の効果が国際的に認められ、2020年には日本政府が国内のクレジットとして認証する「J-クレジット」の対象にもなりました。炭はもともと肥料として古くから活用されてきましたが、今後は排出されたCO2を人為的に回収・除去する手法としても注目が高まりそうです。
前述した排出した炭素を回収して地中深くに埋める二酸化炭素回収・貯留(CCS)、分離・貯留したCO2を活用して油田に残った石油を押し上げる力として活用したり、水素と反応させてプラスチックを製造するといった二酸化炭素の回収・活用・貯留(CCUS)、大気中の CO2を直接回収するDAC(Direct Air Capture)といった技術があります。
これらの技術はいずれも開発途上の技術であるため、開発コストも、社会実装にも時間がかかることが予測されています。国際エネルギー機関(IEA)は2030年までのCO2の約8割は市場化された技術によって削減できるとしており、現時点では、まず、すでにある技術の活用・普及に政策的・資金的重点をおいて2030年、2050年それぞれの目標を確実に達成することが重要です。
前述のように、植林・森林保全などによって吸収・貯留したCO2削減量分をクレジットとして販売し、発生した温室効果ガスの排出量に見合う、削減・吸収活動に対してお金を払うことによって相殺する仕組みを「カーボンオフセット」と言います。最近は企業の活用によりカーボンオフセットも活発化していますが、排出・削減量の信頼性や排出側、削減・吸収側のダブルカウントの防止といった課題もあります。
CO2の削減は2030年までが勝負と言われています。その理由は、産業革命前からの地球の平均気温上昇を1.5℃未満に抑えるためには、排出できるCO2の量は2019年時点であと9%しか残っていないためです。現在の排出量が続くと10年以内には1.5℃を超えてしまうと予測されています。そのため、各国が2030年までにどれだけ削減し、世界での排出量がどこまで抑制されるかも重要な注目ポイントです。
では排出上位5か国のカーボンニュートラル達成の中間・最終目標年をみていきましょう(※8)
上位排出国のカーボンニュートラルの中期・長期目標は図解4の通りとなっています。
世界第1位の排出国であり、世界全体の排出量の約3割を占める中国。同国は、2030年までに排出量をピークアウトし、2060年にはカーボンニュートラルを達成すると2021年に発表しました。同国のエネルギー源の約6割を占める石炭をいかに削減していくかが大きな課題です。
世界第2位の排出国である米国は2020年11月以降、パリ協定に参画していませんでしたが、2021年に復帰、その後2030年までに2005年度比約5割減、2050年までにカーボンニュートラルを達成することを表明しました。経済・雇用政策課題として気候変動に取り組み、再生可能エネルギー普及やインフラ整備を行うとしています。
第3位のインドは、2021年、イギリスのグラスゴーで開催された気候変動枠組条約第二十六回締約国会議にて、2070年までにカーボンニュートラルを達成することを表明しました。2030年には再生可能エネルギーを総電源の5割にするなどの目標も掲げていますが、先進国からの資金的支援が実現の成否を握っていると主張しています。
第4位のロシアは、2030年までに2019年度比約6割削減、カーボンニュートラル達成年度は2060年と表明。エネルギー効率の向上や税財政措置によって達成するとしています。
そして第5位は日本。日本は2020年10月に2050年までにカーボンニュートラルを達成することを表明しました。これにともない、2021年には2050年カーボンニュートラル達成の将来ビジョンを示す「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」が示され、カーボンニュートラルを達成する上で欠かすことのできないエネルギー政策「エネルギー基本計画」、そして、各産業や自治体でのカーボンニュートラル戦略の基本となる「地球温暖化対策計画」がそれぞれ改定されました。
また、2021年5月には地球温暖化対策推進法が改正され、自治体の再生可能エネルギー利用、企業のCO2排出量の公開、デジタル化などを推進し、2050年までにカーボンニュートラルを達成することが明記されました。さらに実現のための政策として、カーボンニュートラル実現を経済成長とするための産業政策「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」、そして自治体が脱炭素化を進めるための工程と具体策を示した「地域脱炭素ロードマップ」(後述)がそれぞれ2021年に発表されました。
また、総額2兆円のグリーンイノベーション基金を設け、次世代太陽光やCO2を活用したプラスチック、コンクリート、次世代航空・船舶などの開発を行うとしています。
カーボンニュートラルの実現にあたってはまず、温室効果ガスの排出量を最大限削減する努力することが重要です。
まず、世界全体の部門別CO2排出量をみると、総排出量の約7割をエネルギー部門が占めています(※9)。そこで、次に世界全体の電源構成の排出源をみると、一番多いのは石炭(36%)、再生可能エネルギー(自然エネルギー)(27.9%)、そしてガス(22.9%)と続きます。つまり、世界全体でのCO2排出量を削減するには、最大排出部門であるエネルギー部門の(電源構成の)約6割を占める化石燃料、特に多くのCO2を排出する石炭をいかに早期に減らしていくかが重要です。
世界では脱石炭火力の潮流が加速しています。イギリスやカナダをはじめ、脱石炭火力を宣言している国は33か国にのぼります。自治体や企業レベルでも脱石炭火力をはかるところも出はじめています。
日本の場合も、温室効果ガス排出量の8割以上を占めるエネルギー分野の脱炭素化が重要です。しかし、2020年現在の日本の電力構成をみると約76%は化石燃料由来(石炭31%、LNG39%、石油6.4%)で、再生可能エネルギー由来(太陽光や風力などの新エネ12%、水力7.8%、)は19%にとどまっています(図解5)(※10)。
日本政府は、2030年のエネルギー構成において再生可能エネルギーを36-38%、原子力を20-22%、天然ガスを20%、石炭を19%、石油などを2%、水素・アンモニアを1%にするとしています(※11)。パリ協定の達成に向けた日本のエネルギー政策の動向が注目されています。
日本における自治体レベルでの取り組みはどうなっているのでしょうか。2050年までにカーボンニュートラルを達成することを宣言した自治体「ゼロカーボンシティ」の数は2023年2月28日時点で、871自治体(45都道府県、510市、21特別区、252町、43村)であり、宣言自治体の総人口は1億人を超えています。
2021年には、国と地方脱炭素実現会議によって、自治体が脱炭素化を進めるための工程と具体策を示した「地域脱炭素ロードマップ」が策定されました。2025年までを「集中期間」とし、政策を総動員し、人材・技術・情報・資金を積極支援して少なくとも100か所の脱炭素先行地域を創出。自家消費型太陽光の設置や省エネ住宅・建築物、電気自動車の普及などを重点的にすすめ、2030年以降に多くの地域で「脱炭素ドミノ」(※12)が起きていくことをめざしています。
自治体による気候変動の取り組みの意義は温室効果ガス排出量の削減だけではありません。日本の化石燃料輸入総額は約17億円(2019年)。環境省の試算によると、域外へのエネルギー代金の支払いが域内を上回っている自治体は9割にのぼります。地域で再生可能エネルギーの循環をつくりだせば、自治体内に経済循環を生み出し、雇用の創出も期待できます。
世界でも、自治体レベルの動きも増えています。気候変動に取り組む約100の自治体から構成される国際ネットワーク「C40」が気候危機キャンペーンを実施したところ、2050年までにカーボンニュートラルを達成することなどを支持する自治体が1000以上集まりました(※13)。
また、先に述べた気候変動枠組条約第二十六回締約国会議では、2040年までに全世界で販売する全ての新車を「ゼロエミッション車」とする共同声明が発表され、米国・ワシントン州や伊国・ローマなどの自治体も署名しています(※14)。同じく気候変動枠組条約第二十六回締約国会議で発表された、石炭火力を段階的に廃止すると共に、新設への支援を終了する声明には米国・ハワイ州やオレゴン州の他、韓国の済州市も署名するなど、国際連携をはかりながら積極的にCO2削減に取り組む自治体が増えつつあります(※15)。
CO2の排出量の約7割が都市部から排出されていることを踏まえると、こうした自治体レベルの積極的なイニシアチブは温室効果ガスを削減すると同時に、停滞しがちな国レベルの取り組みを打破していく可能性を秘めています。
国や企業、自治体などさまざまな組織のカーボンニュートラルを後押しするべく、金融業界も大きく変わり始めています。
投資業界では、昨今、ESG投資とよばれる、環境(Environment)や社会(Society)、そしてガバナンス(Governance)に配慮した投資が急増しています。今やサステナブル投資資産の総額は世界全体の運用資産の3分の1以上、2020年には35.3兆ドル(約3900兆円)を占め、日本での当該資産も2020年には2年前と比較すると34%増の2.9兆ドルになりました(※16)。
評価観点のうち、気候変動に関しては、2015年に金融安定理事会(FSB:主要25カ国・地域の中央銀行や金融監督局などが参画)が気候変動に関する財務情報を公開する気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosure)を設置し、気候変動に関して、政策変更などによる「移⾏リスク」、異常気象などによる「物理的リスク」、資源効率の向上によるコスト削減、低炭素経済への移行を支援する製品・サービスによる収入増といった財務的影響を投資先である企業が把握し、情報開示することを促しています。
気候変動の影響は投資家にとって、投資先が現状を放置すれば「リスク」になりますが、省エネや再エネを導入するなど、適切に取り組めば運用益が生まれます。企業にとっても、TCFDを活用することによって競合他社も含め、自社のリスクがどこにあるのかを見極めることができ、影響評価を行うことによって、取り組みの優先順位を見出しながら資金を配分し、戦略的に気候変動に取り組む仕組みを作り上げることができます。
日本では経済産業省が企業向けに「気候関連財務情報開示に関するガイダンス(TCFDガイダンス)」を作成した他、TCFDに基づく企業の効果的な情報開示や、開示された情報を金融機関等の適切な投資判断につなげるための民間組織「TCFD コンソーシアム」なども設立され、TCFDに賛同する企業や金融機関数は日本が世界で一番多くなっています。
2021年にはネット・ゼロを目指す金融機関のアライアンス、ネット・ゼロのためのグラスゴー金融同盟(Glasgow Financial Alliance for Net Zero、GFANZ)が設立されました。130兆ドルをこえる資産に責任を有する450の金融機関・投資家などが参加する世界規模のイニシアチブで、2050年までに温暖化ガス排出量の実質ゼロを目指すことで金融業界のカーボンニュートラル達成のために動いています。
欧米では、将来座礁資産になる可能性のある化石燃料関連銘柄を「除外銘柄」とし、投融資を中止・撤退する「ダイベストメント」を行う投融資機関も増えています(※17)。簡単にいうと、気候変動の緩和に積極的かつ早期に取り組むことが、投融資機会の拡大、企業の継続的な成長を生み出すようになりつつあります。
ここでは日本の産業部門別のカーボンニュートラルの取り組みをご紹介します。
まず、日本のCO2排出量を部門別で見ると(図8・部門別円グラフ)、1位は電力会社や石油精製会社などのエネルギー転換部門、2位が工場などの産業部門、そして第3位に運輸部門となっています。
エネルギー部門では再生可能エネルギーへの転換を中心に、カーボンニュートラルの取り組みがすすめられています。
排出量第2位、産業部門の内訳(図8・産業部門詳細円グラフ)を見ると、鉄鋼・非鉄・機械業界で約47%を占めています。鉄鋼を製造する際、石炭を使って鉄鉱石を還元するため、多くのCO2が排出されています。そこで、原料を鉄鉱石から鉄スクラップというリサイクル材へ代替することで、還元時の排出量を削減したり、リサイクルに必要な電力を水素や再生可能エネルギー由来としたりすることで排出量を抑制する技術開発が進められています。
プラスチックやゴム製品、洗剤などを製造する化学業界も高い構成比を占めています。わかりやすくいうと、化学製品の一つ、プラスチックは石油を高温で精製してつくられますが、精製時の熱源を水素などCO2を排出しないものに転換したり、原料の一部を化石燃料由来からサトウキビなど自然素材に代替したプラスチックの製造などでの化石燃料使用量抑制もはじまっています。
17.3%を占める窯業・土石製品製造業とはセメントやガラス、陶磁器製品をつくっている産業のことで、製造段階で高温を必要とすることから、化石燃料を多く使用しています。解決方法としては、水素などへの転換、CCUS(二酸化炭素回収・利用・貯留)などがありますが、実現のためのコストと実装までに時間がかかることが課題となっています。
第3位の運輸部門では、物流の効率化、エコドライブの推進、鉄道や船舶などCO2排出量の少ない移動手段への転換といった取り組みがすすめられています。特に世界のCO2排出量の約2%を占める航空業界では植物や廃棄物から製造したバイオ燃料(SAF)への転換がすすめられています。
他にも、農業はCO2の主要な発生源の一つです。日本において、農林水産分野は全排出量の3%ほどではありますが、世界全体では25%を占めています。日本の場合の内訳は、家畜のゲップや水田など土壌から発生する温室効果ガス「メタン」が約47%、約34がトラクターなどの燃料由来のCO2となっています。メタンはCO2の25倍もの温室効果があり、いかに削減するかが大きな課題です。
は2021年、農林水産分野も2050年までにカーボンニュートラルをめざす「みどりの食糧システム」を発表し、その中で化石燃料を原料とする化学農薬を50%、化学肥料を30%、それぞれ2050年までに削減する他、農業用機械の電動化などを推進するとしています。
日本でも、カーボンニュートラル達成をめざした「脱炭素経営」を行う企業が増えています。
特に日本の企業はこの脱炭素経営に積極的です。たとえば、TCFD、パリ協定との整合性をはかり、かつ、科学的根拠に基づいた温室効果ガス排出削減目標をしていることに対する認定、Scienced Based Targets(SBT)、2050年までに事業活動に使用する電力を100%再生可能エネルギーでまかなうことを目指す国際的なイニシアティブ、RE100、これらに積極的に取り組んでいます。いずれも日本から参画する企業数が世界全体の中でも上位を占めています。
2009年には持続可能な脱炭素社会実現を目指す企業グループ「日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)」が発足し、225社が参加(2022年11月現在)。脱炭素経営の推進などを行っています。
企業レベルでもカーボンニュートラル達成に向けた取り組みが進んでいます。世界全体で、カーボンニュートラル達成のコミットメントを出している企業数は763(2022年9月4日時点)(※18)。2030年を目標達成年とする米テクノロジー企業や2040年を目標達成年とする米スーパーマーケットチェーンなど、2050年を待たずにカーボンニュートラルを達成しようとしている企業もあります。2040年までにカーボンニュートラルを達成することを宣言した企業は100社を超えるなど、意欲的な企業は世界的に増加しつつあります(※19)。その中で、楽天も連結子会社を含めた当社グループ全体の事業活動における温室効果ガス排出量(スコープ1+2)を実質ゼロにする、カーボンニュートラルの早期達成を予定しています。
最近では、自社の直接(スコープ1)・間接(スコープ2)的な排出だけではなく、取引先、サプライチェーンでの排出も含めた(スコープ3)カーボンニュートラルの達成をめざすことを表明する企業も現れつつあります。 2021年に改定された、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)のガイダンスでもスコープ3まで含めた情報開示を推奨しており、今後スタンダードになっていく可能性があります。取引先から排出されるCO2が企業の排出量全体の8、9割を占める企業も少なくないため、排出量削減に大きな影響が及ぶことと考えられます。
TCFD、SBT、RE100に参画する企業は比較的大きな企業ですが、日本の企業数の9割以上を占める中小企業の脱炭素経営も重要です。日本の中小企業が排出する温室効果ガスは日本全体排出量の1-2割を占めると言われています。昨今は、大企業がサプライチェーン全体で温室効果ガス削減をはかる傾向にあり、大企業のサプライヤーである中小企業は、自社の排出や更なるサプライヤーでの排出削減できなければ、取引先を失いかねません。(修正案:大企業もサプライヤーである中小企業を検討する際に、カーボンニュートラル対応をしているか重視しています。)情報や知識、人材不足から中小企業のカーボンニュートラル対応は大企業と比べると遅れ気味ですが、国も補助金などさまざまな支援策を実施しています。(※20)
中小企業にとって脱炭素経営は温室効果ガスの削減になるだけではなく、省エネによるコスト削減やブランド価値の向上、新たな取引先の開拓、取引の継続強化などさまざまなメリットもあります。こうしたメリットを理解し、ノウハウや実施のための資金的な支援や仕組みを活用をしていくことが、中小企業のカーボンニュートラル加速に重要になりそうです。
カーボンニュートラル達成のために、それぞれ個人でできることは何でしょうか。個人で実践する場合も、まずはできる限りCO2の排出を減らせるよう生活の見直し、その上で減らせない部分は何らかの手段でカーボンオフセットすることが重要です。ここでは、カーボンニュートラル達成のために個人でできることを見ていきます。
では、日本の家庭から排出されるCO2排出量の多い順にみてみましょう。
家庭からのCO2排出源の燃料第1位は自家発電を含まない、電力会社等から購入する電力や熱に由来する電気で、47.6%を占めます(※21)。これは化石燃料由来の電気の場合ですので、仮に100%再生可能エネルギー由来の電力に切り替えた場合、排出されるCO2の47.6%を削減することができます。最近では再生可能エネルギー由来の電力プランを提供する電力会社も増えています。電力プランの切り替えは検針表を用意してウェブや電話で申し込むだけ。簡単に取り組むことができて、効果の大きい脱炭素のアクションです。
2番目(21.6%)に多いのがガソリン、つまり自家用車の利用からの排出です。自家用車が必要な場合は、よりCO2排出量の少ない、電気自動車やプラグインハイブリット車、ハイブリット車などを選択しましょう。
3番目が都市ガス(9.6%)、4番目が灯油(9.1%)、5番目がLPG(5.3%)と、調理や給湯、暖房に使われる燃料が続きます。給湯であればヒートポンプ式給湯器、暖房であれば、エアコンなどの電気暖房器具、もしくはペレットや薪ストーブなどバイオマス燃料暖房に切り替えることでCO2の削減をはかる方法もあります。
暮らし方の工夫でできるCO2削減、カーボンニュートラルの実践方法もあります。
まず、モノを購入する際には原材料生産から製造、輸送、使用、廃棄までトータルで見たCO2排出量ができる限り少ないものを選びましょう。簡単にいうと、地元の野菜や果物、鮮魚の購入は誰もが実践しやすく、輸送や保冷にかかるエネルギー使用の抑制=CO2の削減になるからです。
家電を買う機会があれば省エネ性能の高いものを、住宅であればゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH)など高断熱で、換気効率のいい家を選びましょう。すでに家を持っている方の場合は、複層ガラスにするなど省エネリフォームもおすすめです。また、旅行の際には、できる限り車よりCO2排出量の少ない公共交通を選んだり、CO2排出量の少ないレンタカーを借りたり、気候変動緩和への取り組みに積極的なホテルに泊まったりするのも一つです。手段を変えることによって新たな旅の楽しみも見つかるかもしれません。
公共交通を利用する、節電や食品ロスの削減に務める、プラスチック商品の利用を減らすなど、暮らし方の工夫によってできるCO2削減はたくさんあります。買い物の前には必要性を考えた上でそれでも必要な場合は、まず、シェアサービスやユーズド(中古)商品を選択する、修理可能性の高い商品を選ぶ、リユース容器を利用している、量り売りをしているお店を選ぶといったサーキュラーエコノミー(循環経済)形のライフスタイルへの転換もCO2の削減につながります。
それでも排出されるCO2については、カーボンオフセットする方法もあります。排出量に合わせて、自治体や民間企業が森林保全や省エネ事業などによって吸収・削減されたCO2量をクレジットとして販売しているものを購入し、実質ゼロにするというものです。ウェブサイトでオフセットサービスもあるので探してみてください。最近ではカーボンオフセットされた製品も販売されています。どういう手法によってオフセットされているのかを確かめながら、購入してみるのもいいでしょう。気候変動の取り組みに積極的な企業、ブランドの商品・サービスを選ぶのもおすすめです。
全世界でカーボンニュートラル達成に向けた取り組みが加速していますが、残念ながら削減目標の取り組み状況はパリ協定の達成からほど遠いところにあることが明らかになっています。
パリ協定を批准した国々が2020年末までに国連に提出・更新された75の国と地域の削減目標を合計したところ、30年までに10年比1%減にしかなりませんでした。産業革命以前と比べて世界の平均気温を2℃未満に抑えるためには2030年に10年比で約25%、1.5度未満を達成するためには約45%の削減が必要です。
そこで、最近では、さらに世界全体でのCO2の削減を加速させようと、自社が排出したCO2の量よりもさらに多くのCO2を吸収する「カーボンポジティブ」や「カーボンネガティブ」(※22)を目指す組織も現れています。
できる企業、組織から率先して行動を起こし、カーボンニュートラルの達成を加速させる。まだ行動に踏み切っていない組織にも前向きな影響を与えそうです。
カーボンニュートラルの達成には人類を含め、地球上に生きる全ての生命の安全や生存がかかっているといっても過言ではありません。中間地点となる2030年まではもう10年を切っています。個人でも、組織でも、それぞれの立場でカーボンニュートラル達成を目指してしていきましょう。
いかがでしたでしょうか。ここまで、カーボンニュートラルとはなにか?なぜ必要なのか?企業・私たちに出来ることはなにか?を、見てきました。気候変動は世界中の人々や各企業の事業、そして個人の生活にも影響を及ぼす、今日の社会において最も差し迫った課題です。
私たち楽天グループが提供するサービスは環境と密接につながっており、「楽天市場」で販売される様々な商品から「楽天トラベル」で予約できる旅行先まで、すべてが自然環境の恵みに支えられています。
そこで楽天グループでは、2022年に安心して暮らせる社会を次の世代へとつなぐため、環境に配慮したグリーンな未来を呼びかける「Go Green Together」プロジェクトをスタートしました。グリーンな未来の実現には、循環経済を基軸としたビジネスの主流化、消費者のグリーンフレンドリーな選択の仕組みづくりが重要と考えられます。本プロジェクトでは、楽天が提供するサービスや生活者に身近な接点から環境問題やサステナブル消費などを考えるきっかけを創出し、環境・社会・経済に配慮した持続可能な社会を目指します。これからも、みなさんのグリーンな社会の実現を後押しする様々なコンテンツを提供していきますので、お楽しみに!