あらゆるアウトプットが「ブランドを表現するメディア」に。楽天フォント開発の裏側

(本記事は、2020年7月30日にtalentbookにて掲載された記事の転載です)

楽天は7月、自社サービスなどで活用するオリジナルの楽天フォントを発表。一般的には、企業ロゴなど限られた目的のために用意されるオリジナルフォントに、なぜ広い用途を求めたのか。開発に関わった楽天のデザイン組織「楽天デザインラボ」の河上 洋樹、Chee Yen Thye(以下、チーエン)がその裏側を語ります。

多様性と統一性、双方を表現するフォント

▲楽天デザインラボ マネージャーの河上(写真左)とチーエン(写真右)

楽天が発表した新たなフォントセット(以下、新フォント)には、シーンに合わせた使い分けができる、4つの書体があります。フォント開発の狙いの一つは「楽天のブランディング強化」です。しかし、その裏には多数の事業を展開している楽天だからこその課題を解決する目的がありました。

「楽天デザインラボ」のデザイナーと「楽天市場」のWebデザイナーを兼務するチーエンは、フォントを開発するに至った経緯について、次のように話します。

チーエン 「実は2012年に、楽天はオリジナルフォントを開発しており、これまでいろいろな制作物の中で活用されてきました。ただ、当時のフォントは1書体しかなく、多様化する用途に応えられなくなってきていました。現在、楽天が展開しているサービスは世界で70以上、分野も多岐にわたります。また、セールの告知バナーからスポーツイベントの招待状まで、フォントを活用するシーンもいろいろあることから、柔軟な使い分けに対応でき、同時に“楽天らしさ”という共通性を表現できるフォントが必要でした」

また、フォントが活用されるシーンだけでなく、フォントを使う人もさまざま。社内のプレゼンテーションや営業資料など、デザイナー以外の社員でもフォントを使う場面は至るところにあります。新フォントを開発する上では使う人にとっても使い勝手が良いものにすることが重要な課題でした。

この課題をクリアするために楽天デザインラボのマネージャーを務める河上がアサインしたのがチーエンだったのです。

河上 「彼にプロジェクトのリードをお願いしたのは、このプロジェクトには事業の現場で 、実際に多くのデザイン業務をバリバリ行っているWebデザイナーの知見が不可欠だったからです。

今は言うまでもなく、世界の大多数の人がスマートフォンを使ってインターネットにアクセスします。楽天が展開するサービスでも、 PCだけでなく、スマートフォンからの利用を想定したUI・UX作りを心がけています。そのため、普段からスマートフォンのスクリーン上で、どのようにフォントを使うのがユーザーに対して最適かを熟知しているメンバーとしてアサインしました」

今回開発した4種類の書体には、基本形となる「Rakuten Sans」を軸にして、楽しさや可愛らしさを表現する「Rakuten Rounded」、スポーツに関連した制作物などで力強さを表現するのに適した「Rakuten Condensed」という3つのゴシック体、上品さを表現する明朝体の「Rakuten Serif」があります。チーエンは、これらの書体には共通する開発コンセプトがあったと言います。

チーエン 「それぞれ想定したシーンは異なりますが、開発の中で共通するキーワードになったのが、サービスの使い勝手にも影響する『可読性』と『判別性』です。この2つの側面からも、新しいオリジナルフォントを生み出すことが必要でした」

人の無意識に訴えかける美と利便性。フォントが持つ奥深さ

▲シーンに合わせた使い分けができる、4つの書体

チーエンが指摘する可読性と判別性という概念。チーエンは「デザイナーでない限り深く考える機会はあまりないだろう」とする一方で、「実は誰しもが無意識に理解している」ものだと語ります。

チーエン 「大まかに言うと、可読性というのは文章としての読みやすさ、判別性というのは文字一つひとつの判別のしやすさ。ふだん意識することは少ないかもしれませんが『このサイトの文章は頭に入ってきづらい』『文字が判別しにくい』といった感覚は、実は多くの人が日常的に感じ取っています」

また、世界にはたくさんのフォントがありますが、スクリーンに最適化させるという意味では、まだ磨ける余地がある。チーエンは、世界中のフォントを見ていく中で、これから開発するフォントのヒントを見出したのです。

チーエン 「たとえばヘルベチカ(Helvetica)という、Webデザインでも多く使われているフォントがありますが、このフォントはパソコンやスマートフォンが登場する前の1950年代に生まれました。紙ではなく、スクリーン上で使うことを前提に考えれば、もっと目に優しかったり、洗練された印象を与えられたりするものが作れるという仮説がありました」

河上 「具体的な話をすればどこまでもマニアックに語れます(笑)。たとえばa、c、e、oの4文字は、違っているようで読み間違いが起こりやすいグループです。特にスクリーン上では、行間が狭かったり、サイズが小さくなっていたりすると、文字がにじんでいるように見えることもあります。

行間や文字サイズは、デザイン全体の見栄えや、一つのページ内での情報の重要度の強弱に大きく関わります。そのため、新フォントでは、狭い行間や小さいフォントサイズでも読みやすさが担保できるように、細かい調整をたくさん行いました」

さらに、文字ごとの形状に加えて、文字と文字の間隔も重要だとチーエンは言います。

チーエン 「読みやすさというよりも美しさの世界になるのかもしれませんが、グラフィックデザインでは文字と文字の間にあるスペースが常に均一だと良いとされています。ただもちろん、スペースは文字の組み合わせによって毎回変わります。

なのでデザイナーは、左右にくる文字に合わせて手動で間隔を調整するといった作業をしています。しかし新フォントでは、そういった調整をしなくても文字を打つだけで、できるだけ均一なスペースになるように設計しています。今回の新フォントの開発は、デザイナー以外の人でも美しいフォントを扱えるようにするためでもあるんです」 

楽天デザインラボの考える理想を形に、Dalton Maag社とのコラボ

“楽天らしさ”が表現でき、可読性や判別性が高く、デザイナー以外にも使いやすいフォント。こうした楽天デザインラボの理想を形にするために欠かせなかったスペシャリストの存在があります。それが、ロンドンに拠点を構えるフォントデザインスタジオDalton Maag社です。

チーエン 「もともとフォントデザインの専門家を外部から招き入れることは考えていたのですが、その中でもDalton Maag社を選んだのは、フォントに対する理解の高さと実績が理由です。世界の名だたる企業とのプロジェクトをたくさん経験しているデザインスタジオだったので、楽天が目指している世界中のサービス利用者や社員に親しまれるフォントを形にしてくれると思ったんです」

プロジェクトの最初の段階で、Dalton Maag社が来日し、お互いを理解するためのセッションを1週間かけて行いました。

河上 「私たち楽天側のデザイナーが、次々とフォントを見せられ、『これはイメージに近いか?』『これとこれはどちらがイノベーティブだと思うか?』といった問いかけに、それぞれの書体に対する印象を伝え続けるという時間でした。彼らはそのようにして楽天のイメージを吸収していきながら、私たちが言語化できていなかった理想形の追求を手伝ってくれました」

丁寧なすり合わせもあり、Dalton Maag社の提案は最初から想像以上のものでした。これによって、より細部へのこだわりに時間を多く費やすことができました。

 チーエン 「たとえば、一口にアルファベットと言っても大文字と小文字だけではありません。新フォントは10言語以上に対応しているのですが、スペイン語やフランス語などにはアルファベットに付け足すアクセント記号が必要です。また、数字や%といった記号も重要です。どの文字でも最も美しく見える形状を4つの書体ごとに追求したので、実際にはかなり多くの文字をデザインする必要がありました」

Dalton Maagは設立から約30年、フォント一筋の会社です。同社と会話をする中で、同じスクリーンでもスマートフォンなのか電子書籍リーダーなのかで適したフォントが変わることや、フォントデザイナーに必要な素養など、多くの知見を得ることができたとチーエンは当時を振り返ります。 

あらゆるアウトプットをブランディングツールにする新フォント

楽天デザインラボとDalton Maag社とのコラボレーションによって、10カ月ほどの期間をかけて完成した新フォント。一部の場面ではすでにこのフォントを活用しており、社内からも反響が寄せられていると話します。

チーエン 「一番印象的だったのは、デザイナー陣に『表現の幅が広がった』と喜んでもらえたことです。人間でもちょっとした身だしなみや着こなしで雰囲気が変わるように、フォントもデザインの印象を変えます。そういった意味で、会社オリジナルのフォントは、楽天というブランドを表現する上で、とても大きな資産になると思うんです」

普段からフォントのデザインを意識して使用しているデザイナーだけでなく、多くの社員からも「読みやすい」「新フォントが好き」という声が寄せられました。

河上 「楽天はグループ全体で2万人以上の社員を抱えており、それぞれが毎日何かしらのアウトプットをしています。そこに楽天オリジナルのフォントが使われるということは、ロゴや名刺など企業を象徴するものだけでなく、クライアントへの資料や各サービスページの文言まで、あらゆるものが“ブランドを表現するメディア”になることだとも言えます。

今回のプロジェクトで、デザインラボが標榜する『デザインの力で楽天のビジネスをよりパワフルにする』ことが実現できていたらうれしいです」

小さなこだわりや想いがたくさん詰まった新楽天フォント。一つひとつのアウトプットにおいては“ちょっとした違い”かもしれませんが、さまざまなタッチポイントで活用されることで真価が発揮される、楽天ブランドを表現する重要なアセットの一つとなりそうです。

Text by talentbook

もっと見る

おすすめ記事

Close
Back to top button